ただその時の気持ちを知りたかっただけだった。
だからね、あなたの答えを待ってるんだよ。
同じクラスというものは厄介なのか、そうでないのか時々分からなくなる時がある。ケンカをしてしまうとイヤでも顔をあわせなければならない。避けたくても避けられないことの方が多い。それは加地と日野にとっても例外ではなかった。
困ったなぁと思ったのは二人とも同じようで、気まずい空気が二人を包み込む。
日野が教科書を忘れ、隣の教室に借りに行く余裕がなく、忘れたことを正直に教師に伝えると隣の席の人と見るようにと指示が出たのだ。日野の隣は必然と加地となる。反対側と言っても日野の反対側は幸か不幸か壁なのだ。
苦笑する加地に申し訳ない気持ちと今は気まずいはずの相手に借りて見ると言うのは少し気が引けてしまう。加地もそれはわかっているようで、黙って日野の方を振り向かずに黒板を眺めていた。
日野は日野でちら、と加地を見上げる。だが、加地は気づく様子もなく、黒板に清書された文字をノートへと書き記していた。
日野とていつまでもこのままでいたいわけではない。どうにか仲直りできないものか、そう思っていた矢先のことで、これはある意味チャンスなのかもしれないとポジティブに考える。
好きな人だからこそ知りたいと思う気持ちを加地に知ってほしい。
『ごめんね、加地くん』
本当は口にするつもりでいた言葉を日野はノートの端に書いて、加地の腕を軽く突いた。その音に気づいて加地はゆっくりと日野へ視線を向ける。視界の端に映った文字に目を大きく開いた。
『こっちこそ、ごめん』
日野の言葉が加地にも響いたようで、日野はほっと息を吐いた。とりあえず第一段階はクリアした。あとはちゃんと想いを口にするだけだ。
『ううん。私の方こそごめんね。加地くんのこと考えずに言ったよね。もっと考えて言うようにすれば良かった』
『僕の方も君がそんなこと考えてるなんて思ってなかったんだ。僕は僕自身の音をわかってるつもりだった。でも自分で思っていることの反対を言われたから正直戸惑ったんだ』
それは加地の素直な気持ちだった。自分の音には限界がある。だからこそ焦がれる日野の音。まだ未知数のその音がどれだけ加地の心に打ったのか。その日野が加地の音は加地が思っているような音ではないと言った。それは加地の心を揺さぶるには簡単で。
『私、加地くんの音好きだよ。ヴィオラ好きなんだろうなって思うの。私も同じようにヴァイオリン好きだからすごくよくわかるなって。そんな加地くんの音を聴いてると嬉しくなるんだ』
音を合わせていて楽しいと思うのはみんなの音が聞こえた瞬間だ。それをメロディーと調和した厚みのある音が日野は好きだった。みんなもそうだが、加地の音はヴィオラが好きだと思う気持ちのいい音。日野はその音が好きだと加地に伝える。
『音はまだまだ未知数だと思うの。加地くんはそう思わない?』
日野の言葉に先日の土浦の音が重なる。自分で限界を作るなよと言った土浦。日野も同じことを言うのか。それは予想外でもあり、予想の範疇の言葉でもある。加地は降参と言わんばかりに肩を竦めた。
「参ったよ、日野さん」
小声で加地は日野の耳元で囁いた。そう言われると素直に嬉しいと思う気持ちと期待してどうするんだと引き止める声が聞こえた。でも、素直に嬉しいと思う気持ちの方が大きくて。
何よりもあの苛立ってるように見えたあの瞳の奥に隠されていた『寂しさ』を加地は詫びる。
日野はほっとしたのか小さな息を吐いて加地の瞳を覗き込んだ。少なくても加地はわかってくれたのだ。そう思ったら嬉しさが急に胸に押し寄せた。
気持ちを理解してくれるのは嬉しい。それが伝えたい相手ならば尚のこと。
「今日も頑張ろうね、加地くん」
日野もまた小さな声で伝えると、わかったといわんばかりの笑顔が返って来て、思わずつられて笑った。やっと見せた笑顔に加地は肩を撫で下ろすと、前を向いてノートに板書を始めた。
さっきとは違う清々しい気持ちが胸に宿る。
また辛いと思う時がくるかもしれない。
でも、それでも前よりは笑っていられそうな自分がいることに気づくと苦笑した。
苦しいけれど、でも嬉しい、楽しい。
そう、この気持ちは恋のようで。
焦がれる想いは音も人を想う気持ちもそう変わりはないのかもしれない。
まるで甘い恋のような想いが胸の奥に疼いていることを加地は気づきながらも知らないふりをした。まだ知らなくてもいい。
でもいつか無視できない時がくるかもしれない。
でも、嬉しいと想う気持ちもきっとどこかである、その確信はあった。
苦味と悦びと、複雑に入り乱れる気持ちが自分にだけあるとは限らないことを知っているから。
加地にも日野にもあるのだ。
それはまるで。
―――まるで、これは甘い恋に似ている。
終
*ひとこと:
やっと終わりました、地日小説。なんか恋愛のようで恋愛にならなかった話・・・になったのか?
一応これがキッカケで二人は自分の気持ちを知る、と言うのが話の流れです。いかがでしたでしょうか?当分の少ない話ばかりで申し訳ないのですが、でもちゃんと恋愛話も好きですよ、地日は。いつかちゃんとした恋愛を書きたいものですね。
最後まで読んでいただいた方々には感謝です。ご拝読頂きありがとうございました。
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